はなしのネタに

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    カテゴリ: 雑談


     ロフベッドの上にいるちゃんたちの尻尾がきれいに絡み合っています。

    【画像:不思議そうな表情の猫】

     2匹のちゃんがベッドの上に座っています。カメラ背中を向けているちゃんたちの毛並みは尻尾は右の子が、左の子がベージュの色をしています。そんな2匹の2本の尻尾ツイストパンのようにぐるぐる巻き。どうしてこんな状態になったのかは分かりませんが、飼いさんは「トルネード尻尾」と命名したようです。

     1枚写真では右の子だけが振り向いていましたが、2枚写真では左の子の視線も後方へ。3枚写真では「ニャンだこれは!」というように尻尾見つめています。かわいい

     この様子を投稿したのはTwitterユーザーのちぇり。さん。リプライ欄には、「かわいい」「おいしそう」「縁結びの御利益がありそう」といったのほか、「中尾彬さんを思い出した」というコメントも。確かにちゃんたちの尻尾中尾さんのストールみたいな形になっています。

     ちぇり。さんは全部で3匹のちゃんと同居中。別の投稿でも美人でかわいらしいちゃんたちの姿が見られます。

    画像提供:ちぇり。さん

    トルネード尻尾の猫ちゃんたち


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    ■なぜ秋葉原から「本当のオタク」がいなくなったのか

    世界有数の電気街として知られる東京秋葉原は、テレビPCなどの電からコンデンサや抵抗器といった電子部品まで、機械なら何でも手に入るだけでなく、アニメグッズゲームセンターメイドカフェなどサブカルチャーとしての側面も持つオタク。それが一般的なイメージだろう。

    しかし、今の秋葉原の実態は観光客向けの形骸化した萌えインバウンドのであり、オタクではない。それが秋葉原に10年以上通う私の意見だ。

    現在ではPCパーツや電化製品はECサイトの価格競争により、秋葉原で買ったほうが安いという状況はほぼなくなり、すぐに欲しいという状況以外では秋葉原で買う理由を見出せない。もちろんセールで最安値になることもあるが、かつてのように、フラッと訪れても得な買い物はできない。

    全盛期秋葉原は、店員オタクだった。商品のことを尋ねると、自らの経験やマニア同士の評価を踏まえ、強い熱量で商品の説明をしてくれた。

    中古スマートフォン販売店で某社のスマホを買おうとした私に対し「カタログ上の数値は優秀だけど、すぐに熱暴走するので使い勝手は悪いです。やめたほうがいい」と商売っ気のない、それでいてここ以外のどこでも聞けない、ありがたいアドバイスをしてくれたことは、今でもはっきり思い出せる。

    そして映画電車男」のブーム後、秋葉原というにスポットライトが当たるにつれ、秋葉原の魅でもあったグレーゾーンは「内輪同士で秘めるもの」から「その存在を拡散するもの」に変わり、縮小の一途を辿った。

    知識がなければ何に使うのか見当すらつかないようなPCパーツや、内での使用は電波法に触れる拡機器、これまた使い方によっては法に触れる「マジコン」などを扱う店は思い出の中にしか存在しない。“西のアキバ”として知られる大阪日本橋には、グレーゾーンに入るような商品などを扱う店が散見され、昔の秋葉原を思わせる。

    もちろん、モラルや法に反するものを排斥することや、にでもわかりやすい説明をすることは間違ったことではない。ただ、欲望理性が同居する薄暗かった店が明るい飲食店になっているのを見ると寂しい気持ちになる。

    ■大資本が経営するメイドカフェが乱立している

    萌えの形骸化も深刻だ。メイドAKB48秋葉原で見ることについては、拒否反応を起こすオタクが多かったと思うが、私自身は嫌いではなかった。内向的なオタクにとって「ただ、自分の中で消化する」というコンテンツは、相性が悪くないように思えたし、萌え秋葉原はうまく順応できた。

    メイドカフェが流行り始めた当初は、働く女性プロ意識がいい意味で低く、メイドという設定と女性の性格が起こす化学反応が面かった。文化祭のようにチープな店内で、メイドカフェとは何なのかを自分なりに解釈する。客の想像に委ねられた世界は、他のどこでも味わい難いものであったように思う。

    しかし、メイドカフェ外国語メニューが置かれ、トリップアドバイザーに登録されるころには、大資本が経営するメイドカフェが乱立していた。店内には“初めての秋葉原”に浮かれる観光客と、紋切りの役割を演じるメイドが増え、その場を解釈する余地はなくなっていった。

    ■観光客向けのフィギュアは、市場価格より数倍高い

    インバウンドの流行も、を変化させた。前の家電量販店では中国語の話せるスタッフが店内を巡回し、前のレンタルショーケースには外国人観光客が買うことを期待しているのか、市場価格より数倍高いアニメフィギュアが並ぶ。

    外国人に迎合したものが増えるたびに、マニアックな話のできる店員も、ショーケースに並ぶ非売品フィギュアも少しずつ減っていく。

    このを、意思を持った1つの生命体として捉えたとき、進化しようとする方向性にオタクが組み込まれていなかったようだ。私にとってはつまらないでも、ほかのかにとって楽しいであれば、それは秋葉原かにめられていることにほかならない。秋葉原を訪れるたびに寂しい気持ちに襲われようと、私はこの行方を最後まで見届けたい。

    インバウンドの街に変貌した秋葉原に古参のオタクは何を思うのか。(PIXTA=写真)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    【【秋葉原】アキバを"退屈な街"に変えた犯人はだれか】の続きを読む


    天才脳科学者の茂木健一郎氏と、人気ドクター桑原斉氏。高校大学の同でもある2人が、熱くり尽くす。

    ■「小学校入学初日から椅子に座っていられなかった」

    茂木昨今メディアでも「発達障害」の言葉をよく見かけるようになりました。今日は、凹凸やこだわりの強さなどの発達障害ならではの特性が、人間の創造性に影を与えることはあるのか、社会とどう折り合いをつけるのかといったことを解き明かしたい。

    桑原壮大なテーマですね。エピソードを中心にお話ししますが、よろしくお願いします。

    茂木最初からぶちまけてしまいますが、は「発達障害」という言葉自体に違和感を抱いている人間です。もちろん研究の重要性は理解していますし、実際に困っている人を診察されている先生のような方は非常に尊敬しています。ただ、診断される側のマインドが問題で、例えばわが子に診断が下ったとき、必要以上にパニックになり、将来を悲観してしまう親御さんも多いですよね。まるで烙印を押されたかのように落ち込む人がいて、でもそもそも「自閉スペクトラム症(ASD)」という言葉からもわかるように、本来人間の特性は「スペクトラム(連続体)」であり、「正常」と「障」の明確な線引きなどできないはずですよね。

    桑原おっしゃることは、よくわかりますのところには、幼児から80代の方まで多様な方が診療に来られますが、皆さん非常に深刻な面持ちですよね。診断を受けてショックを受ける方や怒りだす方もいます。ただ、なかには診断を受けて「ほっとした」という方が多いのも事実です。特性を知ることで、苦手なこと、得意なことを知り、日常生活や対人関係を工夫することができますから。

    茂木実はね、小学校入学初日から椅子にきちんと座っていることができず、先生から「退屈しちゃったかな?」と尋ねられて赤面した人間なんです。2年生の頃には、よく宿題を忘れて教室の後ろで座らされていましたが、同様によく叱られる女の子と2人、今度は教室の後ろで粘土消しゴムとかで遊び始めてしまうのでまた怒られるという悪循環で。ところがその女の子、2学期からは特別支援学級に行ってしまったんですよ。つまり、もかなりグレーだったということです。いまだには講演会や会議でじっとしていることができませんし、先日は児童精科医の方に「子どもの頃、発達障害と診断されませんでしたか」と尋ねられました。おそらく今の時代に生まれていたら、診断名が出て就学前相談が必要だったでしょうね。

    桑原なるほど、なかなかですね。ただ茂木さんはそれを上回る頭の良さがあるから、そこでカバーできてきたのではありませんか。

    ■偏りがあっても、ほかでカバーできれば「障害」ではない

    茂木確かに自分でいうのもなんですが、勉強は抜群にできました。授業は全く聞いていませんでしたけど(笑)。だから多少変わり者でも、「できる」でやってこられたのかも。でも自身理学部卒業で、理系大学で教えたりしていましたが、似たようなタイプは多かったです。好きな女の子の前で自分の研究を滔々とって止まらないとか(笑)

    桑原発達障害のことをらは神経発達症と呼びますが、その診断基準の「DSM‐5」には非常に重要なことが記されています。それは「その症状で本人が困っていれば診断する」ということです。だから例えば茂木さんのように、致命的な偏りがあっても、ほかのカバーできていれば「障」ではないんですよ。

    茂木今、「致命的」とおっしゃいましたね(笑)先生のところに診療に行ったほうがいいかも。

    桑原先生が診察に見えても、はこういいますよ。「困っていないから診断は必要ないです」と。

    茂木でも困っていますよ。会議や資料の存在意義がわからず、興味もないからほとんど聞いていない。人から「いったじゃない」といわれても、記憶にないことは多いです。

    桑原そこで謝れます?

    茂木もちろん、そこは謝りますよ。

    桑原なら大丈夫です。困った事態になりそうでも、ちゃんと対処する術を身に付けていれば問題ないです。

    茂木い。そういうことか! アインシュタインが大好きなんですが、彼は5歳過ぎまでほとんど喋れなかったそうですね。学校生活にもなじめず、大人になっても奇行が多かった。現代なら全に困ったですが、でも実はそんな面があったからこそ、強な創造性を発揮できたのではとも思うんです。

    桑原アインシュタインASDだろうというのは有名な話ですが、彼はASDでなくても相対性理論にたどり着けたのか。コミュニケーションの不得意さや強いこだわりがあったからこそ、当時の常識視してを発揮できたのか、あるいは天才ゆえにASDの特徴があっても関係なく成功できたのか。本人を診察できない以上、真実はわかりません。

    茂木彼はまだ喋れないときに、大人の会話をじっと聞いて、自分の中でリハーサルしていたとっています。これもASDの特徴ですか?

    桑原それはむしろ対処法ですね。SSTソーシャルスキルトレーニング)といって、臨機応変な対人関係が苦手なASDの人向けにロールプレイなどを用いてトレーニングするんです。でも、それを自ら編み出して1人で実践するというのは、やはり天才ですよ。

    茂木結局の役割って「適応」じゃないですか。アインシュタイン少年が自ら適応方法を編み出していたというのは、ちょっと感動的ですね。

    ■「一番の元凶は日本の学校教育制度にある」

    桑原学校や会社でも、私たちはノンオフシャルな場で雑談を交わすことで、人間関係を培い情報を集めますよね。そこが苦手というのは、結構大変なことなんですよ。

    茂木でも一方で、はさまざまな業界のトップランナーの方にもお会いしてきましたが、何かを成し遂げる人というのは、やはりどこか規格外の人が多いですよ。約束の時間から必ず1時間は遅刻する、会社のパソコンを年に3回なくす、思ったことをいって炎上するなどさまざまですが、彼らがそういった面を幼少期から直そうと暮らしてきたら、今ある彼らの成功はあったのかなと思うんです。まつもとゆきひろという世界中で使用されている「Ruby」というプログラミング言語の開発者がいますが、学校時代の数IIIの成績は1だったそうです。

    桑原どこかの分野は突出してすごいけど、ほかの分野が全くダメという人に、どこまでオールマイティ社会に適応すべく頑る必要があるのかということですね。

    茂木結局は、一番の元日本学校教育制度にある気がしてならないんです。勉強についていけない子、逆に学校の勉強が簡単すぎてつまらない子、そもそも学校という場の集団行動になじめない子、彼らを理に「普通」にする努学校や親はしますけど、そんなのは駄な努で、さっさとホームクーリング学校に通わず、自宅を中心に学習すること)などほかの選択肢に切り替えたほうがいいんですよ。

    桑原昨今は障のある子も通常学級でみんな一緒に勉強していこうという「インクルージョン教育」も提唱されていますが、一見いいように見えて、当人にとってはメリットより弊のほうが大きいこともありえます。どのような教育環境が本人にとって適切かは簡単にはわかりませんが、十分な情報に基づいて本人や家族が選択できることが重要じゃないかと思います。

    茂木みんな一斉にヨーイドンスタートし、みんな一緒にゴールインしようという日本社会ならではの同調圧力教育現場にもはびこり、大人になっても苦しんでいる人は多いと思う。だってアメリカでは、学校ではなく自宅で勉強する子は200万人単位でいて、むしろオーダーメード教育を選べることでアイビーリーグに合格する優秀な人間もたくさん出ていますよ。飛び級留年普通ですしね。同学年が一斉に同じ速度で歩んでいくという“理想”はむしろ特殊で奇異ですよ。

    桑原2017年“障差別解消法”が施行され、発達障害を含め学校教育などで合理的配慮が必要な人に対しては学校側がきちんと対応することが義務付けられました。本人の努だけでなく、むしろ環境を調整して、本人のを十分に発揮できるようにしようというのがその旨です。

    茂木教育・働き方・生き方、もっと柔軟な多様性が必要ということですね。アインシュタインはもともと天才だった。ASDだろうとなかろうと。彼の特性理に抑え込んでいたら、もしかしたら相対性理論は生まれなかったかもしれない。

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    発達障害神経発達症)はに3タイプ
    ASD:自閉スペクトラム症
    SLD:限局性学習障
    ADHD注意欠如・多動性障
    的なの特徴により、強いこだわりや独特のコミュニケーション、感覚過敏などの特性がある。

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    (左)茂木健一郎氏(右)桑原 斉氏


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    【発達障害の判断基準 「困ってないなら診察不要です」】の続きを読む


    友達から食事会に誘われた。年上の男性数名と、有名店でディナーをするという。合コンとか、大学生がやるような遊びではない。大人同士のステキな会食だ。私は期待し、二つ返事で承諾した。

    「どんなお店?」と聞いて、送られてきた食べログウェブサイトを見て驚愕。口コミの点数は4.8近く。「死ぬまでに一度は行きたい」「念願かなって最高の味を堪した」など、絶賛のなのだ。予約が困難な店らしく、女友達の知り合いが半年かかってようやく席をゲットしてくれた。

    予算は「1人3万円以上」に目玉が飛び出る

    ほうほう、と予算の個所を見て、玉が飛び出た。

    「一人あたりの予算:3~5万円」

    えええ!? 私はすかさず、彼女に連絡する。

    「このお店って、カード使えるかなぁ。やっぱり現は下ろしていくべき? いくらもって行ったらいいのか...... 緊してきた......」

    すると彼女が言ったのだ。

    「いやいや、誘ってくれた男性が全部ごちそうしてくれるに決まってるじゃない。彼が予約したんだから、全部出してくれるよ」

    ひぇ~~~~! 私の眼球はこの短時間で何度飛び出たことだろう。1人3万円の食事を、初対面の女性に奢ってくれる男性が存在するのか――。

    大げさでなく、この世には「奢られるのが当たり前の世界」がある。

    個人的には、3万円のコース料理など記憶にある限り経験したことはないが、そういえば離婚してから、男性との食事で財布を出したことがほとんどない。出そうとしても、東京男性は当たり前のようにごちそうしてくれるのだ。

    こんなことを書くと、きっとイヤなだと思われるだろう。自分でも卑しい気がするし、「私、奢られるのが当たり前だと思っています」なんて言う女子がいたら、老婆心丸出しで「いやいやアンタ、ちょっとは謙虚になったほうが......」とお説教してしまうかもしれない。

    でも自分だって、同じことをやっている。卑しい。

    奢ってもらって嬉しいのは「タダ」だからじゃない!

    ちょっと前、漫画家西原理恵子さんが朝日新聞に寄せたメッセージが話題になった。

    や同世代の女の子たちには、『王子様を待たないで。社長さんをすより社長になろう。お寿司指輪は自分で買おう』と言いたい。男に頼り切るのは危険。しっかり仕事をして、自分で稼いでほしいです。『お寿司は男の人に奢ってもらうもの』と思い込んでいる女の人がいるけど、自で食べたほうがうまいでございますわよ!」
    女の子へ『寿司指輪は自分で買おう』」(2017年3月3日付、朝日新聞より抜

    確かに、男に頼り切る人生リスクが高い。所詮は他人だから、依存してもいいことはなにもない。女が自分で稼いだおを好きなものに使う喜びは、自由と一体になって人生を豊かにする。

    でも、「男の人に奢ってもらうお寿司」を、否定するのもまたツラいものだ。私が高級な食事をごちそうしてもらって嬉しいのは、「タダでご飯が食べられて嬉しい」からではない。ご飯という「食べモノ」ではなく、ごちそうするに値する時間を過ごした相手だと見なされた「コト」が嬉しいからだ。

    だいたい、長く摂食障をやっていたから、高カロリーの外食はできるだけしたくない。にもかかわらず、奢ってもらうと嬉しいのは、食事が美味しかったからというよりは、相手の「ごちそうしてあげた」という満足感に貢献する喜びを感じられるからだ。

    卑近な言い方をすれば、食事を通して承認欲求を満たし合うゲームが、うまく行ったから嬉しい。浅ましいといえば浅ましいが、こういう人間の欲はなかなか制御できない。

    西原理恵子さんの言いたいことは、とてもよくわかる。でも私は、「自で食べるお寿司」も、「男の人に奢ってもらうお寿司」も、両方選べる自由を手に入れたい。だから経済が必要であるし、この原稿も日々そういう気持ちで書いています。(北条かや)

    男性におごってもらうお寿司、やっぱり美味しい!?


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    おにぎり

    (hungryworksiStock/Thinkstock)

    手料理」と聞くと「温かい」「想いがこもっている」など良いイメージを持つことが多いが、一方で作る人との関係性によっては「ちょっと…」と拒否感を覚えることもある。

    女性向け匿名掲示板ガールズちゃんねる」のとあるスレッドが話題になっている。

    ■他人が握ったおにぎりが食べられない

    昔から人が握ったおにぎりがどうしても食べられないという投稿者。母親おにぎり大丈夫なものの、や祖兄弟のものもダメで、食べると気持ち悪くなってしまうんだとか。

    なお、投稿者は自分のことを「潔癖症というよりむしろズボラなほう」と思っているとのこと。そして、他のネットユーザーに対し、「これって変なのでしょうか?」と尋ねたのだった。

    ■共感の声続々

    この投稿に、他のネットユーザーからは「わかる」「自分もそう」など、共感のが相次ぐことに。

    ・まぁなんかわかる

    ・気持ちの面で他人の作ったものは苦手で食べてるフリしかできない

    ・私もです。はOKは駄叔母ならセーフとかラインが結構あります。の他人はもちろん理!! 

    「自分は気」や「被災してもそう言えるのか?」などの反応も見られるものの、少なくない人が理解できる感情のようだ。

    ■より潔癖症な人も

    また、一方では「他人のスプーンを使う」「同じものを食べる」などの行為から苦手だとる人も。

    女子高だったけど、 自分が使ったスプーンで他人のプリン食べたり、 一口食べたお菓子をそのまま、あ〜ん!とか、 何かと苦痛だった!

    とか、同じものをつつくのも苦手

    ・そもそもよそので炊いたごはんが苦手

    おにぎりに限らず人が作ったもの全般が嫌だよ

    ■「握る人の容姿による」の声も

    また、「毛深い人は…」「不潔な人は理」など、握る人の容姿、清潔感によるとする人も。

    ハンバーグは別の意味で理な場合がある。シェフが毛深いと、こねたりする料理は、勘弁してってかんじ

    胸毛見せながら作るなら私は理だな

    ・嫌いな人、向こうがこっちを嫌ってる人、不潔そうな人、清潔さにおいて信用できない人は嫌

    ■そもそも「他人の手作り」が苦手?

    しらべぇ編集部では以前、全20代60代の男女1,376名に「他人から手作りお菓子ご飯をもらっても正直迷惑だと思う」人の割合を調。その結果、女性の3割以上が「迷惑だ」と回答した。

    (©ニュースサイトしらべぇ)

    「他人の手作り料理が苦手」という人は決して少なくないのだ。

    あなたは、他者が握ったおにぎりを食べられるほうだろうか?

    ・合わせて読みたい→「子供嫌いの人が親になった時」に周囲の人にした迷惑行動3選

    (文/しらべぇ編集部・尾道えぐ美

    【調概要】 方法:インターネットリサーチ「Qzoo」 調期間:2016年7月22日2016年7月25日
    :全20代60代の男女1376名(有効回答数)

    「人が握ったおにぎり」が食べられない女性 切実な想いに「握る人の容姿による」の声も


    (出典 news.nicovideo.jp)


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